“考える“と“悩む“
ここ最近は日々、成長を感じている。
成長というか、発見とでもいおうか。
私の職場は悩み多き人がほとんどである。様々な境遇を経て、悩みを抱えている人から教わることも多い。
ただ、私も例外なく、悩みはある。絵に描いたような夢の人生を歩んでいるわけではない。
人は皆、先のことは読めない。
だが、想定して取り組むことは可能である。
ただ、予想通りの結果が訪れるという保証はどこにもない。
その時、その時を大事に生きることが大切だと私は思う。
考えるということについて、考えてみる。
色々な場面において、考えることがある。
私が仕事をやめようとした時もそうだ。
「やりたいことが見つかった。やりたいことがある。」
そんな思いがあり、私は前職をやめる選択をした。
しかし、それまでにはしばらく、考えても考えてもまとまらず、路頭に迷った時期が長くあった。
結局やめるのに、2年近くかかったのだ。
その時は、「考える」というより、「悩んでいた」というのが適切な表現だったと思う。
悩むとは、非生産的な行為で解決にたどり着かないとよく言われている。
考えているようで実は、悩むという非生産的な行為をしていたのだ。
しかし、物事をシンプルに捉えることができたとき、「考えること」ができるのだと思う。
現状、収入は減ったが、満足感はかなり高い。
当時、私が望んでいた仕事に携わることができることに感謝しかない。
そういう面では元の職場の同僚、友人にも感謝している。
職場が変わったことで、生活や考え方も変化しつつある。
気持ちも変化しつつある。
なにより所有物が多すぎると思っている。所有欲は何も生み出さないと私は思う。
もっと手ぶらで、自由に生きたい。
そのための選択を、悩むのではなく、日々、考えていく。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!